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吊し柿


西条柿。寒さもほどよく、今年は順調です。



大美濃柿。あとはカラスに注意しないと。
| 遊びいろいろ | 06:05 | - | - |
秋(1)


キウイの収穫。



例年は2000個ほど、







今年は少なく900個ほど。



次は山の柿。









大美濃柿



西条柿。



秋、蜜蜂は気が荒くなり危険。



かっぱ菜



円山川大根の株を持ち帰り、



タネを採り、まいてみました。





家業を継ぎこの秋で10年経ちました。
| 遊びいろいろ | 04:12 | - | - |
大美濃柿(11)
ジーオインターネット放送局さんの

「種とり人から種とり人へ」神鍋の吊るし柿が放送されています。

第43回 「神鍋つるし柿 神鍋つるし柿生産組合 北村さん」

| 在来作物 | 16:47 | - | - |
「食・地の座」





姫路の催し「食・地の座」のご案内です。

クリック拡大可。詳しくはHPをご覧下さい。

ひょうごの在来種保存会も参加します。

作物の展示が行われ、但馬の在来種も!

中村さんの小野芋、黒鶴、七夕豆(種)、

神鍋の大美濃柿(組合の吊るし柿)、

八代オクラの種、神鍋わさび、などです。

| 在来作物 | 17:19 | - | - |
山の柿

『北但馬  ムラの生活誌』、「柿」の一文より、

里山どころか、かなりの奥山にまで植えられてい

たがこうしたところまで植えられていた理由として

祖父が言っていたのは、とにかく奥山へは特別な

用事がない限り行くことはないので、山の管理が

怠り勝ちになる。そこでここに柿のような実のなる

木を植えておけば、これを採るために、少なくとも

年に一度くらいは行くことになるだろうから、山の

管理の上でも役に立つ、と言うことであった。



奥山ではありませんが、うちの小池山にも昔から

大美濃柿、西条柿の木が、昔の写真にはあと一本、

大きな西条柿の木があり、それは山道を開くために

伐られたとのことですが、昔はこの道もなかったし、

昨年、柿の収穫時、先祖は何でこんな所に植えた

のかと疑問に思い、その真意はわかりませんが、

まさに山の柿を食べるということがきっかけとなり、

今年から杉を伐るなど山の手入れをしています。

杉が作る薄暗い小池山に背を向け、光を求めて、

ワサビ田の方向に樹形が大きく傾いています。



今日も父が杉を伐ると山へ。私も同行しました。

ハシゴを杉の木にかけて、ワイヤーを取り付け、



チルホール(手動ウインチ)でワイヤーを引っ張り、



滑車を使って引っ張る(倒れる)方向を調整して、





手鋸で、倒す方向に三角に切れ目を入れて



ワイヤーをさらに引っ張ると、メリメリと音を立て、



一気にドーンと、細い木ですが倒れる迫力はすごい。



こんなこと、いつか一人でできるのかと不安にも。



枝を伐り、丸太にして、本来なら山から伐り出して

利用すべき、とりあえず伐り置き(捨てないつもり)。



昔はなぜ杉を植えたのか、何に利用してきたのか、

山仕事、山のこと、じっくりと勉強していきたいです。

でも目先は忙しい・・・この冬は特に。今週も雪・・・・

とりあえず柿の周りはすっきりしつつあります。

| 山のこと | 06:28 | - | - |
『北但馬 ムラの生活誌』



『北但馬  ムラの生活誌』
昭和初期の歳事と民俗 
榎 勇(著) 彩流社(2004/6)

大美濃柿の北村さんから教わった本です。

「柿」もですが、一山村(香住町大谷集落)を

舞台に、農業や農家の生活体験が544Pに

渡って細かく、わかりやすく綴られています。

自生ワサビについても詳しく書かれています。

残すべき貴重な記録、とても参考になります。

はじめにより・・日本における農業や農家の

生活は、高度経済成長期を通じて劇的に

変化し・・・体験者の多くはすでに高齢に達

しており、このままではそれらが失われる

のも時間の問題になっている・・・

第1章 ムラの概要 
第2章 農家の住宅
第3章 農業の歳時
第4章 牛飼いの歳時
第5章 山仕事の歳時
第6章 冬場の仕事
第7章 年中行事
第8章   食生活
第9章 衣服および履物とその他生活道具
第10章 婚礼と葬儀
第11章 子供の遊び

| わさびのこと | 07:25 | - | - |
小池山



ワサビ田を半分囲うように西側に位置する「山」。

ワサビ田の湧水は県内一の水量であると言われる

「十戸の清水」の5つの水源地のひとつで、昔から

「小池」と呼ばれています。300年前まで、ここは

沼地だった、小さな池のような場所だったことから

「小池」と呼ばれ、周りの山も「小池山」と呼ばれて

います。小池山の根元一帯から湧水が湧き出し、

ワサビ田から村中に流れています。

ワサビ田を中心に、はたけ、清水川、川いと、住まい、

蔵、作業場・・・・農家の空間にはいろいろありますが、



昔に比べると「山」から遠ざかっている、40年前に

植えられた杉が大きく成熟、全体的に暗くなっており、

この小池山をどうしていけばよいのか、山を目の前に

いつもワサビ田からそう思っています。

小池山の左手は竹林。こちらも繁殖しています。



昔の「日覆い」は、竹材やカヤを利用して作られ、

全て自然素材、竹林は「竹採り場」、小池山では

カヤも栽培して、「カヤ採り場」と呼ばれていました。

竹林の中には「石採り場」もあり、大きな溶岩の塊

(神鍋山の噴火によってできた)もあり、先人達が

溶岩を砕き(写真の玄能を使って)、沼地だった

ワサビ田は小池山の溶岩を使って築かれました。



昔の写真からもわかるように、ワサビ田、暮らしに

必要なものは全てその周り、この土地の自然から

手に入れ、小池山も生かされ、密着していました。

その労力と手間は今では考えらませんが。



竹林の裏手にはわが家の先祖代々の墓もあり、

墓掃除、墓参りでは必ず山に入りますが、それ

以外で入ることはあまりなく、先日の新聞にも、

エネルギー、燃料の地域自給の話のなかで、

「日本人は木を使うのが下手になった」とあり、

まさに自分もその一人なんだと・・・・。



ワサビは水が命、水の源となる山、だからワサビ

農家として山を守りたい、それもひとつですが、

ただ漠然とした遠くの大きな山でもなく、目の前の

小池山から、父の山仕事から、父の話から、昔の

写真から、ワサビや畑に入れる落ち葉(腐葉土)、

ドングリから、小池山の大美濃柿から、きっかけは

何でもいいから「山」に入っていきたいと思います。

| 山のこと | 07:49 | - | - |
大美濃柿(10)


※拡大可

このブログでもご紹介しております、

「神鍋つるし柿生産組合」さんの吊るし柿、

直販(☎0796-43-5006)、神鍋の道の駅、

但馬各地のスーパーなどで販売中です。



売り場に置かれているこの旗が目印です。

正月の贈答用などにも珍重され、細縄に

吊るした「縄のれん」が人気とのことです。

| 在来作物 | 07:26 | - | - |
ジーオさんの取材

昨日、ジーオインターネット放送局(明石市)さんの

「種とり人から種とり人へ」シリーズの取材で、

神鍋の大美濃柿、神鍋つるし柿生産組合の北村さん、

赤崎の赤崎ねぎ、吉谷さんをご案内させて頂きました。



北海道大学から学生さんがお二人、保存会、山根さんに

密着(卒論を書かれるらしい)されていました。ワサビ田も。



高原の風で天日干しされ、乾燥器で仕上げが行われ、



商品にされている工程、柿の歴史、文化、いろいろなお話、



柿の資料もたくさん頂き、とても参考になりました。



各家の吊るし柿の光景も映像にと、西気地区を走ると、

大美濃柿、西条柿、愛宕柿(あたごがき)、3種類の

吊るし柿を作っておられる方に遭い、それぞれ味が違い、

皮によっても漬物の味が違ってくると興味深いお話も。

急な訪問にも関わらず、ありがとうごました。



途中、神鍋白炭工房さんに。ちょうど窯出しに遭遇!

皆さん興味深々でしたが残念ながら時間切れで移動。

皆さんを赤崎までご案内、私は所用でやむなく帰路へ。

赤崎ねぎ、山根さんにもとても好評で、私も畑はまだ

見ておらず、お昼からは小野芋の収穫祭、料理の数々、

大変盛り上がったようです。学生さんも、おもしろい、

勉強になりますと、こちらも嬉しい限りです。

| 在来作物 | 07:02 | - | - |
大美濃柿(9)



収穫してそのまま置いておいた大美濃が「ズクシ」に。

蔵から取ってきて、こたつで食べる、これが昔の記憶。



おそらく25年ぶり?食べると美味しい!懐かしい!

大美濃、大ぶりで甘味が強い、食べごたえもすごい。

子供の頃に食べた味だと、その再会に感動しました。



父も母も久しぶりの味だと、さらに追加で収穫。

吊るし柿は残念ながらカビが発生。落下したものも。

昨日、新聞に氷ノ山(兵庫県で最高峰)が初雪とあり、

記録史上最も遅い(1か月遅い)らしい。秋が暖かい。

暖かいので乾かずカビが出る。特に大美濃は大ぶり

だからか難しい。西条柿はなんとか大丈夫そう。

もしカビが生えたら、早めに使わなくなった歯ブラシ

などでやさしくこすり落として、フルーツアルコール、

焼酎、エタノールなどを霧吹きでかければよいらしい。

うちも来年からは早めに対処してみたいと思います。

また近所の方の、1週間から2週間、吊るして渋味を

抜き、あとは冷凍庫に入れておく、これも参考になる。



今年はとりあえず、この方法で全て冷凍することに。

冷凍庫で付いた霜が干し柿の粉(果糖)みたい・・・



吊るしてすぐの半生をそのまま食べても美味しい、

冷凍して少し解凍、シャーベットみたいな感じもまた

美味しい。干し柿の温暖化対策、これだとカビなどの

心配もあまりありません。いろいろ試しながら来年も。

| 在来作物 | 06:18 | - | - |
大美濃柿(8)

神鍋名産の吊るし柿、そのほとんどは但馬内で

消費されてしまうらしい。全て手作業なので

手間もかかり、量産できるものではないとのこと。

何よりも毎年の安定した収量が課題のようで、

昨年は猛暑や害虫の大量発生、日高町では熊の

人身事故対策として木そのものがが伐採されたり、

熊の食害など、収穫不足により、1987年の発足

以来初めて加工生産が中止されるという事態に。

それが今年は一転豊作・・・。不成り年、

成り年、熊や天候・・・年による変動が大きい。

自然のことなので仕方のない部分もありますが、

収量をより安定させるためにはやはり手入れが

大切であると、言われます。そもそもこの

辺りの柿は各家に昔からあるので、ほぼ

自然任せ状態。これを栽培しようとまとめて

しまうと、虫がついて病気が発生するなど

農薬が必要になってくる。手入れと言っても

養分が奪われないように花のつぼみや実の数を

調整することもなく(本格的にやるならは必要

かもしれませんが)収穫までの手入れいらない。

では最低限の手入れはと何か、それは食べること。

毎年、実を付けてくれる柿に関わっていくこと。

枝を折って収穫するのでそれがそまま剪定になる。

実がなったまま放置すれば葉っぱや実が落ちたり、

だんだん木が弱り、収量が安定しなくなるらしく、

木が健康を保ち、毎年安定した実をつけるには

好んで食べることが大切だと、ある意味シンプル。

不作の年にはうちの柿も出荷でき、安定に貢献も。

組合では接ぎ木により増やす取り組みも行われて

いますが、苗木を植えても害獣に食べらてしまう。

また最近は大美濃に似たような品種の柿や苗木も

混合されて流通しているケースもあり、古くからの

ものとはやはり違うらしい。いろいろな意味で、

昔からの大美濃を守っていかなければならないと。



高齢化も進んでいます。大美濃は大ぶりで重たい、

柿をぼるのも運ぶのも重労働。高齢の方から組合に、

収穫してほしいとの依頼もたくさんあるとのこと。

若い人のサポートも必要のようです。

また、これは全国的な傾向ですが秋が暖かい、

温暖化の影もあります。今年の11月も暖かい。

高温で湿気が多いと大ぶりな大美濃は特に乾かない。

干し柿の産地では今年は収量ダウンと新聞にも。

いろいろと課題はあるようですが、いつまでも残って

ほしい故郷の風景、食文化のひとつだと思います。

大美濃が但馬の在来柿であることは地元でも兵庫

でもあまり知られていないので、個人的には神鍋の

ブランド柿として情報発信していきたいと思います。

確かにうちでもあまり柿を食べなくなっている・・・。

目の前にあるモノに若い世代がどう付き合っていくか、

うちでも今年から収穫(剪定)して味わっていきたいと。

神鍋の自然、各家の大美濃、地域の人、いろいろな

繋がりで成り立っている食文化、そして地場産業、

「神鍋つるし柿生産組合」の北村氏、飯田氏を始め、

今回もたくさんの方にお話を聞くことができました。

地元ということもあり話が尽きず、楽しかったです。

写真もたくさん頂きました(掲載の了解は得ています)。

超多忙な時期にも関わらず、ありがとうございました。

<参考> 農業共済新聞、神戸新聞

| 在来作物 | 05:49 | - | - |
大美濃柿(7)

11月6日、神鍋高原(豊岡市日高町栗栖野)にある

「神鍋つるし柿生産組合」さんの加工場を見学させて

頂きました。持ち込まれた柿はすぐに吊るし柿にされ、

短期集中でその作業が行われるので皆さん大忙し。

昔は各家で作られた吊るし柿も持ち込まれ商品になり、

組合で作られるものと量的にも半々だったようですが、

今はほぼ組合で作られ、商品となっています。



組合数は約100軒。10月下旬から収穫が始まり、



今年は豊作!神鍋高原や日高各地から各家で



収穫された大美濃が次から次へ運ばれてきます。



大美濃は大ぶりで重たい。作業も重労働とのこと。



到着後すぐに計量、皮むき専用の内職さんの



お宅に運ばれます。私も同行させて頂きました。



玄関先での皮むき作業。全て女性の方の手仕事。



再び加工場に。皮がむかれた柿に紐をつけます。



台車に吊るし2週間ほど秋風にさらしながら自然乾燥、

渋味を抜きます。 雨にあたらないように出し入れしたり、

風がよく当たるように置き場所を変えるのも大切な作業。



高原に生まれるオレンジ色が目を引きます。

あらかた乾わくと乾燥機で仕上げが行われます。

丁寧に1個ずつ「柿もみ」をして形を整え、片寄った

水分を均一にして粉をふかすように仕上げます。

こうすると柿の中から果糖が表面に湧きだし、

時間が経てば表面に白い粉(柿霜)ができます。



数にして6〜7万個、今年は豊作でそれ以上?

約1か月かけて熟成後、袋詰め、出荷されます。

商品、販売情報は後日ご紹介します。





皮も大人気らしく、すぐに売れてしまうとのこと。

| 在来作物 | 17:07 | - | - |
大美濃柿(6)
「神鍋は風、温度、湿度が違う。だから良いものが

できます」、吊るし柿の生産者さんは言われます。

コウノトリが舞い、中央に円山川が流れる豊岡盆地、

霧が多く(盆地霧の年間発生数約100日は日本一)、

日本のロンドンとも言われています。



日本一標高(80m)が低いワサビ田もこの時期は

よく霧に包まれますが、地元の方も「よのき坂(桜の

名所でもある)を上がると霧が切れる」と言われる通り、

同じ豊岡でも神鍋は霧が少なく、気候も違います。



蘇武岳、三川山の1000m級の山々に囲まれ、

冬にかけて日本海から北風、寒風も吹きおろします。



昼夜の寒暖差もあり、からっと晴れて湿気が少ない。

神鍋高原ではこの土地ならではの気候を生かし、

昔から良質の吊るし柿が各家で作られ、産業にも

生かされています。高原の風景、風物詩、風味は



神鍋の冷たい乾いた「風」が作り出しています。
| 在来作物 | 06:29 | - | - |
大美濃柿(5)



「ひだか辞典」、心に残る懐かしの風景より

昭和50年(私の生まれた年)の風景。※拡大可



むしろに干された小豆や柿の皮、軒下の吊るし柿、



神鍋高原の集落を歩くと見られる暮らしの風景、



秋の風物詩、何だか懐かしく、ほっとさせられます。



歩いていると、いろいろな柿を目にしますが、



やはり大美濃に出合えるとまた嬉しくなります。



渋柿は北(寒い地方)、甘柿は南(温かい地方)が

そもそもの適地のようですが、兵庫県は北は日本海、



南は瀬戸内海から太平洋に面し「日本の縮図」とも

言われていて、この辺は冬は寒く、雪が多く、昔から



ある大美濃もこの土地の風土に生きてきた在来柿。

但馬北部の固有種であることは間違いないようですが、



原木、発祥、歴史などが書かれた文献がほとんどなく、

それだけ古くからある、ということなのか、立派な大木に

出合うたびに、原木はないかなぁと思い、各地に昔から



伝わるブランド柿の原木は、市や県の天然記念物に

指定されている例もあり、個人的には残念な感じです。

畑の木の幹は太く、山すそ、崖、庭にある木は細い。

樹齢はわかりませんが、90歳の方が、子供の頃から

あると言われるので、100年以上は間違いないかと。



こちらは万場地区にあるイチョウの巨木。



この辺りは今でも農業、産地柿ではなく、昔から

各家に在来柿があり、各家で吊るし柿が作られ、

古くは冬場の保存食として、甘いものがなかった

時代の代表的な冬のおやつとして重宝されました。



正月のお供え物としても。まさに食文化そのもの。

また、昔から神鍋高原はスキー場でも有名ですが、

民宿ではスキー客のお茶請けにも出されてきました。

1987年には地域おこしで、「神鍋つるし柿生産組合」が

発足(現在は約100軒)、地場産業としても神鍋高原の

吊るし柿は名産品、ブランドになっています。

その光景は毎年、新聞やテレビなどでも伝えられます。

| 在来作物 | 06:18 | - | - |
大美濃柿(4)

うちでも昔はやっていた吊るし柿作り。



収穫後すぐに干し柿に。ヘタ部分の枝をT字型に。



T字枝が取れたもの、熟しかけのもの、傷ものは

熟柿に。この辺りではジュクシではなくズクシと呼び、

このまま置いておけば、とろとろの熟柿になります。

大美濃は、ズクシにしても干し柿にしてもおいしい。



皮むき作業。まずはヘタの周りの皮を包丁で、



あとはひたすら皮むき器で。とても簡単です。



子供と遊びながら夜、家の中で。





この皮も貴重。天日に干して乾燥します。

たくわんなど、漬け物の甘味付けに使います。



くっつかないように五個ずつ距離をあけて、



枝を紐に通し、大きめの鍋、沸騰させた湯の中に

10秒ほど、カビ防止のために殺菌消毒します。



風通し、日当たりが良い、軒下に吊るします。



11月は今年も温かく、うまくできるか心配です。



この風景、子供の頃を思い出します。

| 在来作物 | 13:27 | - | - |
大美濃柿(3)
子供の頃は、柿をぼって(果物や豆などを「もぐ」

ことを但馬?では「ぼる」「ぼじる」と言います)、

よく遊んでいまいた。柿もおやつのひとつでした。



高枝切りバサミでも低い所の柿は採れますが、

高い所の柿は昔からの「挟み竹」がやっぱり

採りやすく、切れ目を入れた竹竿の先を枝に挟み、

突き上げ、そしてひねり折ります。柿の木はもろい、

柿の木に登って柿を採るな、とも教わりました。

(柿の木からの転落事故は実際に多く要注意らしい)



11月5日、雨。大美濃の収穫。何年ぶりだろう。

木が高すぎで梯子をかけないと竿が届かない、

ワサビ田に落ちる危険もある、足元も悪すぎる・・・

そこにたまたま椿があり(この木はとても頑丈)、



そこに梯子をかけ、父がぼって、私が集める役目に。

これがなかなか大変な作業、竿から外れてワサビ田に

転げ落ちた柿もたくさん。収穫していくと、枝が軽くなり、

どんどん柿が遠くなり、ますます竿が届かなくなる。



足元に野イチゴ。







思うようには採れず、採れたのは80個ほど。









大美濃は立派!左が西条柿、右が富有柿。



変わった形。



ワサビ田に落下した柿。早速、サワガニが寄っていた。



下流まで流れた柿も拾い集めて後片付け。

| 在来作物 | 07:14 | - | - |
大美濃柿(2)



ワサビ田からの大美濃。ここは湧水の最上流部で、

石垣の中に弁財天(水の神様)が安置されています。



わが家でも食べる習慣がなくなり、手入不足か、

杉が邪魔をして日当たりを悪くしているためか、



単純に豊作だからか、今年は良く柿が落ちて、



水路に落ちた柿が、ワサビ田の下流まで、



長距離を流れていき、最後はたまって腐ります。



たまった柿の量からその年の成り具合がわかり、



これを取り除くのも仕事と言えば仕事ですが、

10月12日、水路にたまった柿を取りながら、

今年はこの大美濃にじっくり付き合ってみようと。



柿のまわりにはサンナイ(カワニナ)がたくさん。



山に登り、柿の木を見上げ、まだ収穫は早いよう。



杉を切ったり、山の手入れもしていかないと。

| 在来作物 | 05:00 | - | - |
大美濃柿(1)

果物は1年おきに、成り年、不成り年があると言われ、

天候なども影響しているのか、とにかく今年は成り年!

どこの柿も鈴なり状態で、重さで枝か折れそうな勢い。

柿は昔から庭、屋敷、畑などにある果物の定番です。

うちにも何本か、周りにもご近所さんの柿が何本か。



「富有柿」が合計3本。蔵の前(↑)、栗林、畑上に。



富有柿は甘柿の王様、柿の生産量の60%を占め、

福岡県、岐阜県、奈良県が主産地。岐阜県が原産。

ちなみに、平核無(ひらたねなし)は渋柿の王様。

新潟県が原産。富有柿に次いで生産量は2位。

和歌山県、山形県、新潟県で8割が生産されている。



山を登る途中、手前にあるのが「西条柿」。渋柿。



広島県が原産 。枝がワサビ田に垂れ下がっています。



ご近所さんの柿。種類はわからないとのこと。



これもご近所さんの柿。小ぶりな甘柿。



父によると、「木練柿(こねり)」らしいですが。

詳しい種類や由来はわからないが昔から家にある、

柿は古くから家の果物として親しまれてきました。

「百目柿」「御所柿」「次郎柿」などよく聞く種類から、

聞いたことのない呼び名(豊岡市日高町万劫で

「はっきり」と呼ばれる柿があった)までいろいろ。



収穫には早い(10月中旬)ですが、いろいろと集める。



柿の種類は多く、1000種類以上あると言われ、

柿の原産については、日本自生説と中国渡来説が

あるらしく、日本から1870年に北アメリカへ、

1789年にヨーロッパへ伝わったことから学名にも

「kaki」 の名が使われています。現在の栽培品種は

中国からの渡来と言われています。父が昔、但馬の

どこかの山で、とても小さな山柿を見たらしく、

自生の柿なのか。とにかく柿は日本人に馴染みの

深い果物と言えます。昔から各地に在来種が多く、

食べられなくなったり、主要品種の流通などで、

多様さは失われていると思われます。



地元の直売所にもいろいろな柿が出ています。

本「兵庫の自然(2001年、兵庫県生物学会)」に

「日本の果物で最もおいしいのは柿」という題で、

参考になる資料がありましたのでご紹介します。

今井敬潤「柿の民俗誌」によると、明治45年農商務省

農事試験場が全国の柿の品種を調査し、兵庫県では

甘柿44種、渋柿43種もの品種が報告されている。

どうして日本人はおいしい柿をあまり食べないのだろう、

少々高くても果物は買って食べる。果物の品種は最近

改良されたもので、品種数もそんなに多くない。ところが、

柿は江戸時代に日本人が次から次へと新品種を見つけ、

改良を重ねてきたもので、昭和30年代ぐらいまでは、

各地の屋敷内や畑地などに植えられて喜ばれてきた。

ところが、日本人の口に最も良く合い、味わいがいの

ある柿が、第2代世界大戦の経済の急成長とともに

疎んじられていると思うのは私だけだろうか。

宍粟郡一宮町に岡城柿(おかじろがき)という柿があり、

ある方の生家に原木があり、発祥の地となっている。

岡城柿・・・・

赤松治部小輔教弘(1392)が岡城山に城を築き長水
落城までの数代、赤松の居城であったと伝えられる。
この地に育ち、この地の名をもつこの柿は独特の甘味と
芳香に富み、秋の味覚の王者である。この木は岡城柿の
もっとも古い原種とされ、数百年を生きぬいたものの
風格を備えている。

岡城柿は県の天然記念物的価値があると思われ、

大切に守ってほしい、県下の、いや日本の柿の古樹が

消えないように、毎年柿を楽しみたいものです。



そしてそして、うちには昔からあと1本、

但馬の在来柿と言われている「大美濃(おおみの)」が、

ワサビ田の山を登る途中、西条柿の奥にあります。

| 在来作物 | 06:25 | - | - |