神鍋火山岩(6)

◆神鍋火山群◆ 嵎火口」「スコリアの露頭」


※「山陰海岸ジオパークの豊岡市ガイドブック(3)」より

神鍋火山は、標高469.5m、麓からの高さ120m、基底の



直径700m、頂上部に直径120m、周囲750m、深さ40m

のすり鉢状の噴火口をきれいに残しています。神鍋山の西南麓には、



スコリアを採集した痕が残り、スコリア層(神鍋火山層)の大きな



露頭が見られます。この断面から「層」になっている様子が観察



でき、案内看板には、「正面の崖に見られる層は、神鍋火山の噴火



によってスコリアや溶岩が積み重なったもので、これによって神鍋火山



が何回もの噴火を繰り返したことがわかります」とあります。この露頭

の下部は非成層のスコリアの集まりで、地滑りでここまで滑ってきたも



のと考えられます。スコリアは水はけが良いので住宅用、道路、グラ

ンドなどスポーツ施設の埋立てや、盆栽用の石材に持ち出されました。

昭和44年に国定公園に指定され、現在は持ち出すことはできません。



「土石の採取禁止!」という看板が立っています。周辺には噴火

の際に真っ赤に溶けたマグマが飛び散り、空高くまで噴き上げられ、

落下してくる間に冷え固まってできた火山弾やスコリア、火山礫など





大小さまざまな形をした火山噴出物が転がっています。

神鍋火山岩(5)

◆神鍋火山群  岾堂仍蛎痢

日本列島は「火山列島」です。活火山とは、“概ね過去1万年以

内に噴火した火山及び現在活発な噴火活動のある火山”である、

この定義によると現在、日本全国には110もの活火山があるそ

うです。詳しくは、気象庁のHP。活火山の分布地図もあります。

近畿地方には活火山と呼ばれる火山はなく、約2万年前まで噴火

していた「神鍋火山」が近畿で最も若い、新しい火山だと言われ

ています。神鍋火山群は日高町江原の北西、円山川の支流である

稲葉川の上流13kmにあり、北方にうずくまる大岡山と南西に


※「神鍋溶岩流散策マップ」(豊岡市)より、赤丸が当地、拡大可

そびえる蘇武岳連峰に挟まれた丘状の小規模の6つの火山群です。

約70万年前の西気火山から始まり、最も新しい約2万年前の神鍋

火山にかけて、断続的に噴火活動し、神鍋高原、日高町の大地の



基盤となりました。「大机火山」、年代は約21万年前。母校、そして



息子が通う清滝小学校、幼稚園から見る「ブリ火山」、年代17万〜



18万年前。こちらが北西側から見た「神鍋火山」。神鍋火山群は

すべて玄武岩(豊岡市の玄武洞から付けられた岩石の名前)の火山

で、その溶岩とスコリア(噴火で飛び散ったマグマのしぶきが冷えて

固まった砂や礫)からできたスコリア丘(火山)で、スコリアが火口の

周辺に積み重なってできたお椀をかぶせたような丸い円錐形の丘です。

今後の内容も各種文献、資料、お話しを引用、参考にしています。

「日高町史」(日高町、1979年)
「但馬の自然」(兵庫県生物学会但馬支部、1990年) 
「日高町の自然」(日高町、1998年)
「ひだか辞典」(日高町、2005年)
・「山陰海岸ジオパークの豊岡市ガイドブック(3)神鍋」など
   山陰海岸ジオパーク関係の各種資料
・専門家の方々のお話し、地元の方々のお話し、父の話しなど

神鍋火山岩(4)

◆日本海の生い立ちを伝える!?コツブムシ



生命、生き物の誕生、但馬の地形の成り立ち、日本海の誕生と

ありましたが、ワサビ田の小石をどかすと、水中には無数のコツ

ブムシ
がいて、飛び跳ねるように直線に泳ぐ独特な動き、陸の



ダンゴムシと同じように指先で触ると体を丸め球状になる、

どこか面白い、でもほとんど情報がなく、ブログにも珍しい

と何度も書いてきましたが、やはりおもしろい話しを持ってい

ました!今回のテーマに繋がるとは思ってもいませんでした。

但馬国府・国分寺館の方から「これでは?」と興味深い記事を

頂きました。『日本海の歴史の語り部、淡水に住むコツブムシ』

(北日本新聞、布村昇氏・著、2000年6月24日)という記事

(富山市科学博物館より)。引用しますと、「イソコツブムシは・・

海版のダンゴムシという感じでかわいらしい。・・日本の海にも

普通に見られる。しかし、山陰では真水にもいると聞いたので、

北陸でもいるのではないかと思った。約20年前、高岡の山手

の小川にじっさいに生きているのを見て感激した。 その後、北海

道から九州まで何度も旅行し、多くの地域から採集を試みたが、

日本海側各地の淡水域からはしばしば見つかるものの、太平洋

側の多くの川や池からは見つからなかった。そして、淡水から見

つかったものを詳細に調べて見ると、色とか、毛のは生えかた、

微妙なプロポーションにおいて、海にいるものとも違うし、同じ

日本海側でも地域によって少しずつ違いがあることが分かった。

そして、これは日本海の地史、特に氷河時代に関係しているの

に違いないと考えた。本来海にすんでいた種類が淡水にすむよ

うになったのは日本海が孤立して、塩分の濃さが下がった場合で

あろう。今から一万年前まで続いた地球上の温度が下がり、海面

が低下し、海峡がせばまり、淡水湖化したのである。コツブムシが

低い塩分に適応できるようになった。しかし、その後地球が温暖化

して、太平洋から通常の塩分の海水が入り込んだため、淡水域に

逃げ込んだのであろう。 環日本海地域の淡水種は日本海の氷河

時代の淡水湖化(またはそれに近い状況)によるものである可能性

が大きい。こんな小さな虫も悠久の地球の歴史を生き抜いてきたの

である。彼らをしらべることによって、日本列島と日本海を彼らの

住む居場所は大切にしていきたい。」


※山陰海岸ジオポーク推進協議会の資料より(拡大可)

200万年前には日本海は現在とほぼ同じ姿になったと考えられ

ていますが、その頃から地球に大異変が起こり、長い「氷河時代」

に入り、海面が次第に下がっていきます。太平洋とつながっていた

海峡は陸となり、日本海はいわば巨大な湖か大きな湾のようになっ

たと考えられています。そこに黄河など、陸地から流れ込んだ真水



によって塩分濃度が低下して日本海は淡水湖化し、海の生物がほ

とんど絶滅したと考えられています。コツブムシは生き延び、「水」

にも適応していった。もともと海に生息している生物がなぜこんな

湧水地にいるのか?そして太平洋側ではなく日本海側にほぼ分布

しているという不思議。それは日本海の生い立ちと関係しているの

ではないか、というとってもおもしろい話しです。



著者である布村氏ともお話しができ、日本海側の湧水や小川の淡

水域に広く分布しており、ワサビ田にいてもなんら不思議ではないと

のことでした。ただ地域、水域によって種が分化して違いが見られる

とのこと。北陸?では「ホクリクコツブムシ」と名前が付いています。



十戸の湧水地、この辺りに住む種を「カンナベコツブムシ」と命名

しても良いのか、こんな虫の研究などほとんどされていないと思い

ますが、日本海の地史を伝える?まさに生きる化石として個人的に

は可愛がっていきたいと思います。よく見ると赤ちゃん抱えています。

神鍋火山岩(3)

◆但馬の地形の成り立ち

最近は「山陰海岸ジオパーク」の関係で、火山の恩恵のひとつ

としてワサビ田もいろいろな場所、資料などで紹介され、例えば、

但馬国府・国分寺館の「神鍋山と溶岩流」の写真パネルのコー

ナーではワサビ田も紹介されています。今回のテーマに関する

資料もいろいろな所で手に入り、私としてはありがたいわけです。

『但馬国府・国分寺ニュース 第20号 2010.6』より、

「但馬の大地の成り立ち」、そのまま引用させていただきます。

◎但馬最古の石

但馬で最も古い岩石は、4〜5億年前の蛇紋岩であることが分かって
います。蛇紋岩は、地中深くのマントルの上部で形成され、その後の
プレートの運動によって地表面に押し上げられたもので、豊岡市但東町
や養父市関宮町・大屋町などに分布します。当時の日本列島はまだ原形
すらなく、これたの蛇紋岩は、はるか遠くにあった海洋のマントルで形
成されたと考えられています。

◎日本が海だった頃

今から約2億年前まで、後の日本列島となる部分は、アジア大陸の東に
ある海溝のような所でした。遠方の海底には硬い玄武岩の上に細かい泥
や生物の死骸などが降り積もっていました。これらは、海洋プレートに
乗って移動し、海溝に吹き寄せられました。そのときに移動してきた古い
地殻やマントルの断片は、豊岡市但東町や養父市関宮町・大屋町などの
蛇紋岩になりました。また、地中深くの高い圧力で結晶片岩ができました。
大陸に近い浅瀬では、貝やアンモナイトなどの化石が含まれています。

◎日本が大陸だった頃

今から約1億4300万年前から、大陸に衝突してできた地層は、プレート
に押されながら隆起して陸地となっていきました。後の日本列島は、アジア
の一部となったのです。そこでは、広い範囲で火山の活動が活発になってい
きました。日本有数の金属鉱山であった生野鉱山(朝来市)や明延鉱山
(養父市)は、この時期の火山活動の熱水によって形成された鉱床です。

◎大地が裂ける−日本海の誕生−

今から約2500万年前、大陸東側が引き裂かれ多くの湖が次第に広がり、
約1600万年前には海水が入り込んで日本海ができ始めます。海底では
激しい火山活動が起こり、火山岩や砂、泥などが堆積していきました。その
地層を北但層群とよんでいます。北但層群は、地殻変動により地表に現れ
た後、荒波に浸食されて但馬海岸の変化に富んだ景観を生みました。北但
層群から産出する化石には、亜熱帯域に生息するものが多くみられます。

◎火山の大噴火−日本列島の誕生−

日本海ができ大陸から離れた日本列島は、現在の姿へと近づいていきます。
日本列島の完成に大きな影響を与えたのが、火山活動です。約300万〜
200万年前にかけて、但馬では火山活動が活発になり、鉢伏・氷ノ山など
「兵庫の屋根」が形成されました。国の天然記念物である玄武洞は、今から
160万年前に噴出した溶岩です。その後1万年ま頃まで扇ノ山や神鍋高原な
どに玄武岩の火山活動が断続的にあり、神鍋山では噴火口も残されています。

今に生きるジオ

但馬の地形や地質は、現代にも生かされています。玄武洞周辺に広がる硬い
玄武岩は、豊岡盆地に厚い土砂を堆積させる一因となりました。そこにでき
た低湿地はコウノトリの格好の餌場となり、水辺に生えるコウリヤナギは、
柳行李の材料となって現在の鞄産業にもつながっています。さらに、日本海
の拡大とともに形成された岩礁は豊かな魚場となっているほか、北前船の風
待ち港となった入り組んだ地形、火山活動の影響を受けた温泉、地滑りの
跡地を利用したスキー場や棚田も、但馬の地形と地質を活かした人々の工夫
の一つなのです。このように山陰海岸ジオパークは、はるか太古に起こった
大地の現象だけではなく、今の私たちの暮らしにも生きているのです。

神鍋火山岩(2)

◆地球、生命、人、農耕の誕生

約70万年〜2万年前の神鍋火山群の噴火は、想像もつかない程

はるか昔の出来事でありますが、地球や生命の誕生からみれば、

人類の誕生も火山の噴火もほんのつい最近の出来事なんだなぁと。

ざっくり簡単にまとめると(年代は諸説あり)、46億年前に

地球が誕生し、25億年前に今の大陸の原型ができ、50〜60万

年前に現在のような四季のある地球になる。40億年前に海で生命



が誕生、2億5000万年前に恐竜(長男がはまっています)が出現、

6500万年前に恐竜絶滅(巨大隕石の地球への衝突が原因とされる)、

哺乳類の一部の夜行性の生物が生き残り進化、人類の祖先である

霊長類の誕生、16万年前にホモ・サピエンス(現在のヒト)の出現、

2万〜1万年前には世界各地に現生人類と変わりない人類が現れる。

日本では縄文時代、縄文人、そして約1万年前に農耕革命。地球は

46億年かけて美しくなり、誕生、進化、繁栄、犠牲、偶然の上に人間

社会が誕生、農耕の開始は人類史上、重大な事件のひとつとされる。

先日の新聞には、今年8月に太陽系の小惑星に「神鍋」と命名されたと

ありました。1991年発見の「神鍋」は火星と木星の間を回る小惑星。

推定直径が約6.5キロで、「イトカワ」の10倍ほどの大きさ。1年半

ほどの周期で地球近づくといい、11月中は、地球から約1億3千万

キロと最も近づくという。宇宙の誕生は137億年前といわれています。

神鍋火山岩(1)

◆転がっている石ころから

身近にある、タネから、生き物から、水から、今回は「石」からです。



その辺にいくらでも転がり、風景にすっかり溶け込んでいますが、

この土地ならではの「火山岩」もたくさん見られます。約2万年前

まで噴火していた神鍋火山、ここはその5キロ麓に位置しています。

「小池山」に囲われているのでじかに見上げることはできませんが、



転がっている石からも、火山を身近に感じることができます。想像を

絶する激しい噴火によって大地を覆い尽くした溶岩流は、今となれば

生活を営む土台とり、「恩恵」となっています。ワサビ田を見てもほぼ



「石」でできています。そして「水」も火山がもたらした恩恵のひとつ。

ワサビ田の成り立ちはもちろん、これからのワサビ田を考える上でも、

父から、専門の方から、いろいろな話しを聞きながら、文献、資料から

引用しながら、「石」からの話しを自分なりにまとめてみたいと思います。

もちろんこんなテーマ、いつかまとめる、まとまるわけもなく、これから

も日々のなかでずっとテーマにしていきますが、結局は、何を切り口にす

るかだけの話しで、「石」は「土」、「山」、「水」、「村」・・・と

何にでも繋がって、いつも最後は、「農業」っておもしろいなぁ、とそん

な感じです。とりあえず今回は、だらだらと60ほどの記事をアップしてい

きたいと思います。石に囲まれて暮らしている、そこにはおもしろい話し

(自分にとってのですが)もたくさん転がっていました。いろいろな文献、

資料を引用、参考にし、「身近なことを自分なり」に記録しております。

おかしな点もたくさんあるかと思いますが。